広島県福山市のホロコースト記念館に行ってきました。

先日、広島県福山市のホロコースト記念館に行ってきました。

1971年館長の大塚信さんが、イスラエルで合唱団の交流の際に、アンネフランクのお父さんであるオットーフランクさんと知り合い10年にわたり親交を続け、1980年にオットーさんは亡くなりますが、平和を貢献する人になってほしいとのオットーさんの願いにこたえるように、戦後50年になる1995年に聖イエス会御幸教会内にホロコースト記念館は開設されたそうです。
まさに、民間の草の根の友好から出発した特別な記念館です。入場料は、無料です。資料や展示物は、オットーさんがアウシュビッツで使っていたものや(撮影不可だったためここではご紹介できません。)貴重なものが展示され、何よりも子ども達への教育を目的に、ホロコーストの歴史がわかりやすいようにパネルで説明されています。また、コルチャック先生や杉原千畝さんについてもコーナーを設けてわかりやすく解説しています。
たびせんつなぐのツアーの添乗でポーランドのアウシュビッツ博物館に「夜と霧」の翻訳者の池田香代子さんと何度も訪れておりますが、ヨーロッパの子ども達が、歴史教育の一環として必ずアウシュビッツ博物館を訪れているのを目にして、日本の子ども達にも何か触れてもらえる機会があればよいのにと思っていましたので、それに最適な博物館です。これからたくさんここを訪れる企画を作っていこうと思いました。

ホロコースト記念館

アンネの形見のバラ「なぜ人間は、おたがい仲良く、平和に暮らせないのだろう」アンネの日記に深い感銘を受けていたベルギーの園芸家デルフォルヘさんが、スイスでオットー・フランクさんと出会い、アンネはバラが大好きだったということを知り、アンネの形見のバラという新種を交配によって作り出しオット-フランクさんに送ったそうです。そのバラがアンネの銅像とともに記念館で咲いていました。福山市は、ブルガリアのカザンラクとバラを通じた交流もあるバラの町でもあるそうです。

アンネが見ていたマロニエの木 アンネ・フランクが2年1ケ月におよぶオランダのアムステルダムの隠れ家から見ていたというマロニエの若木です。アンネフランクハウスから贈られたものです。「長らくいすわっていた冬もようやく過ぎて、いまわたしたちは素晴らしい春を楽しんでいます。4月はまさに最高。暑すぎず、寒すぎず、ときおりしっとりとした雨も降ります。裏庭のマロニエの木もすっかり緑色になり、小さな花さえそこここに見えます。1944年4月18日」

アウシュビッツのマロニエの花 1944年8月4日とうとうアンネは、ナチス親衛隊に見つかってしまいます。9月3日には、アウシュビッツ・ビルケナウに収容されますが、10月28日にはドイツのベルゲン・ベルゼン収容所に移送され、定かな日は不明ですが、おそらく1945年の3月上旬に亡くなっています。オットーフランクさんはアウシュビッツから生還された方です。写真は、僕が撮ってきたアウシュビッツのマロニエの木の花です。毎年5月中旬にアウシュビッツを訪れていたのでいつもアウシュビッツでもクラクフでもマロニエに花が見事に咲いていました。戦争が終わったのは、5月8日(ソ連では時差の関係で5月9日)のこと。アンネもあと2ヶ月生き延びてくれていたら、1945年のマロニエの花を見ることが出来たのにと思うと涙がこぼれます。

2020年7月10日 山田将光(たびせん・つなぐ社員)