講座を終えてのご感想の紹介(オンラインで“つなぐ”小森陽一さん文学講座「夏目漱石『こころ』を読み直す―病と人間―」)

オンラインで“つなぐ”小森陽一さん文学講座『夏目漱石『こころ』を読み直す―病と人間―』の最終講義に寄せられた視聴者からのご感想をご紹介いたします。
※動画リストはこちら http://www.tabisen-tsunagu.com/wp/?p=5603

「心」癒された文学講座

 “オンライン・つなぐ・小森陽一文学講座″夏目漱石「心」―病と人間―の配信が5月16日で終わりました。コロナウイルス禍の外出自粛の間、とても癒されました。
 私たち近代文学会員も加齢により会場に来ることが困難となってきた人たちにもいて、パソコンやスマホで参加できるこの講座はとても良い企画で、その後も続けてほしいと願っていたところ、来週5月23日(土)か
ら「浮雲」「舞姫」「にごりえ」「五重塔」の配信が決まりました。小森先生の講義を生きる糧に元気な日々を送っていこうと思っています。
(MO)

新コロナ禍の中、オンラインで繋がる愉しい小組活動!

 目黒波班小組「近代文学を学ぶ森の会」が産声をあげてからまもなく35年が経つ。月例会には三十数名が集い作品を愉しんでいる。
 立ち上げ時、ムリを承知で懇願、講師をお願いしたのが新進気鋭の小森陽一先生(現九条の会事務局長)だった。思えばこの間、なんとたくさんの近代文学の作品群を愉しみ学ばせてもらったことだろう。
 講義の折り節差し挟む朗読は、キレッキレの江戸弁からは漱石の「坊ちゃん」が立ち上がり、星々をめぐって走る賢治の「銀河鉄道の夜」では宇宙学も・・・。
 行間に伏せられた作者の思い、背景となったこの国や世界の歴史情勢との絡みでの読み解き。三十数年の間、「目から鱗」の想いをしたことは数え切れない。かくて一会員が言うように、“贅沢な夢の時間”を今もなお共有しこれからもずっと・・・。その矢先会場閉館、自粛で休講。ならばオンラインでは?との運びで毎土曜日2時~3時まで、漱石の「こころ」の講座が4回に渡って実施された。
 どんなときも外れなしの講座は大好評で、今後も継続となり愉しみがまた増えた。週1でオンライン、そして月1で生講義!のワクワクタイム。二葉亭四迷、鴎外、一葉、露伴・・と続く。みなさん、この機会にご一緒しませんか!
 作品の扉を開け様々な事柄を掘り起こし明示下さる先生だが、三十数年前本当に宝物を掘り当てたのは小組「森の会」だったのかもしれない。
(目黒波班小組「近代文学を学ぶ森の会」 小野寺 静江)

 

オンライン文学講座ありがとうございました。

 小森陽一先生、「たびせんつなぐ」の皆様、オンライン文学講座ありがとうございました。赤旗新聞の記事を見た時、コロナで不安な日々無力感いっぱいでしたが、「これだ!自分を取り戻すチャンスだ」と思いました。大西さんの「繋がらない場合また連絡を」という優しい言葉に励まされてトライし、当日まで「こころ」を読了出来ず、不安のなか第一回を受講しました。読了は、2回目が終わってからでした。
 時代背景を小林先生は何度もおっしゃっていました。背景を知ると物語のなかが、とても立体的というか、説得力あるものになりました。まさに漱石は時代をうまく取り入れて、当時の新聞読者が絵空事と思わないような話にしているのですね。
 「先生の気持ちで読む」と小林先生は何度もおっしゃいましたが、「まるでストーカー」には、なるほどとうなされました。
「こころ」を読み直すと、主人公の心理状態に自分がその場にいるようにドキドキするほどでした。しかし、受講するほどに、まだまだ読みが浅いと痛感しています。時代背景も日本の歴史として、教科書では学べない事を教えていただきました。先生の本の付箋を見ると、あの付箋のいくつ自分が学べたかと不安になりますが、72才の私の脳の活性化になりました。
 毎回講座が終わると、パソコンに向かい拍手とお礼をしています。最終回の今日はとくに大拍手しました。嬉しいことに今後も4名の作品を学べます。学ぶ機会をありがとうございました。
2020年5月16
AS

 

「こころ」の最終講演を拝聴しました。

 「先生の遺書」には何とたくさんの「心」が盛り込まれているのでしょう。傷心、猜疑心、同情心、嫉妬心、独立心、虚栄心、恐怖心、利己心、自尊心、そして良心…など。これらはみな人の心、誰もがもつ心、これらの心が綾をなし、変化していく様子が描かれているのを改めて読み、味わうことができました。「こころ」という題名がついている所以ですね。
 そして「向上心」という言葉が決定打になります。近代化、富国強兵に突き進んだ、しかも日清戦争の勝利に浮き立ち一等国を夢見た明治の気風が「向上心」という言葉に象徴されているのであれば、Kは明治という時代ゆえに自殺したことになりますね。
 夫の死後生きていく未亡人2人だけに固有名詞がつけられているのは、漱石の明治という時代に対する反抗であるというのも面白いと思いました。
 先生が妻に血の色を見せずに頓死…というのが、冒頭で私が先生に出会うのが鎌倉という設定と呼応し、明治天皇崩御の年の台風の後の引き潮での溺死であろうという小森先生の想像は、私どもが抱いた講座一回目の疑問の答えになりました。
 大きく変化していく時代と、複雑で揺れ動く「心」が絡み合い立体的に描かれる小説「こころ」を、また新しい視点、気持ちで読むことができた小森先生のオンライン講座でした。このような時世の中、毎週講義が聴けて幸福でした。
 一葉、鴎外、露伴の講義も楽しみです。
(AO)

 

第4回「精神的向上心という病」感想

本文A ―――こっちでいくら思っても向こうが内心他の人に愛の眼を注いでいるならば、私はそんな女と一所になるのは厭なのです。世の中では否応なしに自分の好いた女を嫁のもらって嬉しがっている人もありますが、・・・・・・つまり私は極めて高尚な愛の理論家だったのです。同時に最も迂遠な愛の実際家だったのです。

 いくら愛する女性(お嬢さん)、といっても、本当のところ自分(私)をどう思っているか?を確かめなくて結婚まで進められるか?その母(奥さん)の了解さえ得られればよいのか?
 あくまで私(先生)の視点から描かれているからだが、書き手の中にもそれが欠落しているような気がします。

本文B 日本人、ことに日本の若い女性は、相手に気兼ねなく自分の思った通りのことを口にするだけの勇気に乏しいものと私は見込んでいたのです。

お嬢さんは、そんな時代だからこそ、親が希望する相手であれば、特に異論のない限り気持ちの表明さえも親に任せて、「お嬢さんを私に下さい」・・・「よござんす、差し上げましょう」ということになるのでしょう。
 当時の時代背景や生活習慣ということから離れて、勝手な私の思いを書いてみます。
 私(先生)は、家庭環境(煩わしい係累がいない、財産がある、故郷に帰らなくてよい、東京で暮らせる)、当時としては最高の学歴を持つ帝大生であり、たぶんまじめで感じの良い育ちのよさそうな青年であることから、母も結婚相手として認めているらしいことを、静さんは察しただろう。気持ちのどこかで好意を持ちつつ、自分からことを運ばないで、親の導きに任せておっとり女学校生活や習い事をして行けばよい。一方Kに対しては、結婚という重みなしに気楽に話せる異性として接していたのだろう。そういう中で、同じ屋根の下で生活するKの気持ち・・・自分に対する好意を気付いていなかっただろうか?私(先生)に告白するくらいとは、思っていなかったかもしれませんが。
 後の方で、あまりに無邪気にKの自殺に全く思い当たるところがないというのは、不自然な気がそます。やさしく大事にされていても、夫婦の在り方、生活について「何か自分に悪いところがあれば言ってほしい、改められる欠点なら改めるから」、と時々口にするくらい、もう一つ人間的なふれあい・男女の関係に満たされないところがあるのに、ずっとそのまま続いていく。今だったら、カウンセラーや人生相談に、いや当時でも女学校の友人、兄弟姉妹、(彼女は一人っ子だが)など相談相手に話していたでしょう。
 私(先生)の性格が変わってしまったのは、Kという友人の死と関係があるらしい、というところまで語っているのに、そこから先は、わからないままです。
とにかく心身共に清らかに美しい女性の記憶を、自分について純白のまま保存しておきたい、という男の一人よがりの遺言は、あまりに女性に対して一方的な夢を押し付けていて、そこが単なるお話になってしまって、リアルな人間表象ではない気がします。
 以上勝手な思い込み感想です。静さんの描き方がはがゆいというか、疑問ばかりわいてきてしまうのです。 
 とにかく文章の密度(?)が濃い。この緊張感がずっと最後まで貫いている漱石の「心」の文章は、どこをとっても小森先生が何時間でも解説してくださるだけの重みが半端ではありません。
 漱石の奥深さ偉大さと、それに気づかせて下さる小森先生の理解力のすごさ、ご指導の見事さに感謝しています。ありがとうございました。
(森の会 KT)

 

最終回「精神的向上という病」感想

 最終回を視聴させていただきました。 いつものように小森先生の解説に敬服しております。
 今回も、最後にどのようにして先生は死んだのかについて小森先生の推察に私もそうなのではと思いました。
 冒頭の鎌倉の海で、明治天皇の葬儀は9月で台風のあとの引き潮に流され、死体を残さなかったのかどうなのか書いてないことにまで思いを巡らすことができ、新たな発見がありました。
 また、夫の死後生き残る妻のことを「未亡人」と言うが、固有名詞を与えたことで、明治の時代の漱石の反抗の態度が現れていると小森先生の心の中にあるという言葉に共感しました。 「心」という小説は、漱石が人間はどう生きるべきかという普遍的な課題について読者と応答しながら伝え、明治という近代化の中に残っている封建制と対峙しながら、新しい社会への希望も提示しているのではと思いました。 
 漱石の思想に触れ、漱石作品を学ぶことにより、今の苦難の時代を生き抜く力を得ることができると思いました。
 たびせん・つなぐの皆様、素晴らしい企画を今後も継続してくださるとのこと誠にありがとうございます。
 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。 ありがとうございました。
(千住漱石の会 JN

 

YouTubeに寄せられたご感想                            

 オンライン授業の開催ありがとうございました。今まで知らなかった『こころ』の時代背景や内面を解りやすく教えていただくことで、より作品に深みを感じ、もっと作品が好きになりました。
 この機会に、もう一度読み直してみたいと思います。今後の授業も、森鴎外の舞姫等好きな作品ばかりなので、楽しみにしています。

小森さんの新シリーズ講座「日本近代文学の代表作を読み直す」 第2弾『近代小説の出発―立身出世主義の時代の失業と恋愛』 第3弾『転換期の女性と男性―江戸と東京』は、こちらをご覧ください。↓

【ご案内】オンラインで“つなぐ”小森陽一さん文学講座「日本近代文学の代表作を読み直す」(5/23から8週連続)